新型コロナ流行の余波

1)新型コロナ流行の余波~感染症全体に影響が及んだ

 新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)の流行が発生して以降、それ以外の感染症についてもメディアで話題にのぼることが多くなりました。これは、感染症全体への関心が高まっていることもありますが、新型コロナの流行に誘発されて様々な感染症が拡大していることが大きな要因と言えます。本項ではどのような機序で拡大が誘発されているかを解説します。

歴史上稀な社会活動の制限

 新型コロナ流行は2019年の年末に始まり、翌20年1月30日にWHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言しました。これが解除されたのが23年5月で、約3年半にわたり世界流行をしていたことになります。日本でも20年2月1日に新型コロナを感染症法上の指定感染症にしてから、5類に移行した23年5月8日までが本格的な流行期間とされています。この間に世界全体で7億人以上が感染し、700万人近い死亡者が発生しました。こうした人的被害だけでなく、国際交通の停止や都市封鎖など社会生活面で強力な感染対策が行われた結果、多大なる社会的、経済的な被害が生じたのです。
 感染症の流行により、これだけ長期間にわたる大規模な社会活動の制限が行われたことは、人類の歴史を見てもあまりないことで、20世紀以降は皆無と言っていいでしょう。
 こうしたコロナ対策の強化により、その実施期間中は他の感染症の流行も抑えられていましたが、それを解除した23年以降、世界的に様々な感染症の拡大が起きています。

国際交通停止でインフルエンザ消滅

 新型コロナは未知のウイルスの流行であり、発生時にはワクチンや治療薬が存在しませんでした。このため、ワクチンが開発されるまでの最初の1年間は、国際交通を停止させるという強力な感染対策で流行の拡大を抑えていきました。この対策にともない、国際的な人流が停止したわけですが、その影響によりインフルエンザの流行が、北半球では20~21年冬と21~22年冬の2シーズンにわたり、ほとんど発生しませんでした(図1)。
 インフルエンザは、ヒトが南半球と北半球を行き来することで毎年流行が起きています。つまり、北半球の冬(12~3月)の終わり頃に感染したヒトが、ウイルスを南半球に運び、それが南半球の冬(6~9月)の流行を起こします。さらに、南半球の冬の終わり頃に感染したヒトにより、北半球にウイルスが運ばれ、それが次の流行になるのです。ところが、コロナ対策で国際人流が止まってしまったために、インフルエンザウイルスも運ばれずに流行が起きなかったと考えられます。
 しかし、この期間もウイルスに感染したヒトは少数いたため、国際人流が再開してからインフルエンザの流行が再燃することになりました。

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呼吸器感染症全体への影響

 もう一つ、インフルエンザの流行が一定期間起きなかった要因には、飛沫感染対策の影響も関与しています。
 新型コロナは飛沫感染や接触感染で拡大するため、感染対策としてマスクの着用や手洗いが広く行われました。これは、同様の感染経路をとるインフルエンザ、溶連菌感染症、マイコプラズマ肺炎、百日咳などの感染を抑えることになります。また、多くの子どもが乳幼児期にかかる、伝染性紅斑や手足口病などの感染も同じ感染経路なので、新型コロナの流行時期には大変少なくなりました。
 こうした飛沫に伝播される呼吸器感染症全体が、コロナ対策の緩和後に軒並み増加しましたが、その患者数はコロナ前より多くなることもありました。対策を強化していた期間は病原体に接する機会が少なくなり、各病原体に対する免疫が低下したためと考えられます。
 対策を実施して感染者が少なくなるのは良いことですが、その対策を持続させないと、リバウンドで感染者数が増大することを、私たちは身をもって体験したのです。

ノロウイルス感染症も減少した

 コロナ対策の効果で患者数が減少し、対策緩和後に増加したのは呼吸器感染症ですが、下痢や嘔吐を起こすノロウイルス感染症の患者も、対策強化中は減少し、緩和後に増えました。
 ノロウイルスは食品からの経口感染だけでなく、環境に付着したウイルスが原因となるケースも多く見られます。患者の下痢や吐物にはウイルスが大量に含まれており、それがトイレのドアノブや水道の蛇口に付着し、そのウイルスを健康な人が手で拾い、無意識に口に運んで感染するのです。
 コロナ対策で手洗いを強化していれば、手についたウイルスを洗い流すことは出来ますし、マスクを着用していれば、無意識に手で口を触る行為も減らせました。こうしたコロナ対策によってノロウイルスの感染が減り、対策を解除した後に、患者数が増加したと考えられます。

感染症対策の停滞も原因に

 以上、述べてきたのは、新型コロナ流行に伴う人流制限や飛沫感染対策などの影響で、他の感染症の拡大が一時的に抑えられ、それが対策緩和後に再燃するという機序です。その一方で、感染症対策全般がコロナ流行中に停滞し、その結果、感染症の拡大が起きたケースもあります。
 発展途上国などで公衆衛生対策が脆弱な国では、コロナ対策に追われている期間、保健衛生担当者が多忙になり、それ以外の感染症対策が滞ってしまう事態がしばしば見られました。
 こうした影響は、小児のワクチン接種の分野で顕著になり、ワクチンで予防できる麻疹や百日咳などの世界的な流行を起こしました。さらには、蚊の駆除対策などにも影響を及ぼし、その結果として、マラリアやデング熱などの患者数増加も誘発しました。
 また、コロナワクチン接種を発端とするワクチン忌避の風潮は、多くの国で小児の定期接種率の低下を起こしており、その影響で米国などでは麻疹や百日咳の子どもの患者数が、コロナ後に増加しています。

 新型コロナの世界流行とそれに伴う感染対策は、人類の歴史上も稀な出来事であったことから、その余波は他の感染症の拡大にも大きな影響を及ぼしたのです。