グローバル化の代償

3)グローバル化の代償~国境を越えて広がる感染症

 2000年代に入り、インターネットの発達などによるグローバル化が進んでいます。これは、人間・物資・金融・情報が国境や地域を超えて世界規模で結びつき、一体化が進む状況を指します。文化、経済、政治など多岐にわたる人間の活動が地球規模で統合される傾向と言えるでしょう。こうした動きの中で、ヒトの国際間の移動で広がる感染症のリスクが高まっています。新型コロナの流行もその一つですが、それ以外にグローバル化にともない注目されている感染症を紹介します。

二方向の人流

 日本を中心に考えた場合、グローバル化にともない二方向の人流が活発になっています。
 一つは日本から海外に観光や仕事で出国する流れで、これがアウトバウンドの人流です。日本人の海外出国者数は新型コロナ流行で一時落ち込んだものの、25年までには年間1500万人近くまで回復しました(図5)。出国先としては近隣のアジア諸国が多く、最近はインドやアフリカなどに、仕事で滞在する人も増えています。
 もう一つは海外から観光や仕事で日本に入国する人流で、インバウンドの人流と呼ばれるものです。外国人の入国者数は2010年代から急増しており、25年は年間4200万人に達しています。また、国内の外国人労働者数も年々増加しており、24年は230万人になりました。こうしたインバウンドの人流も、アジア諸国からが大多数を占めています。
 このように、感染症の多い国々と日本を結ぶ人流が増えることにより、日本国内で新たな感染症が流行するリスクが高まっています。

日本からの渡航者は予防するようになった

 アウトバウンドの人流、すなわち日本からの海外渡航者については、最近になり感染症への予防対策をある程度実践しているようです。
 たとえば、マラリアの輸入患者数は2000年代初頭に年間150人近くいましたが、最近は年間50人前後と大きく減少しています。経口感染する腸チフスについても、最近の輸入患者数は年間30人前後で、20年前に比べて半数近くに減少しています。デング熱など輸入患者数が増加している感染症もありますが、日本人の海外出国者数が増加していることを考えると、海外渡航者の感染症は概して減少傾向にあると言えます。
 この要因として、海外渡航者の間に、滞在先での感染症の流行情報などが行き渡り、滞在中の予防対策を実践できるようになったことが、輸入患者数の減少につながったと考えます。また、国内にトラベルクリニックが増え、出国前にワクチン接種を受けるようになったことも影響しているようです。

グローバルサウスでのリスク増加

 その一方で、最近の国際的な政治情勢の変化に伴い、日本企業がインド、アフリカ、南米など、グローバルサウスと呼ばれる国々に新規進出するケースが増えています。こうした新たな進出先で発生している感染症に日本人がかかり、それを国内に持ち込むリスクも高まっています。
 現在、日本企業の進出先として最も注目されているのがインドですが、この国の衛生状態や医療環境には問題が多く、風土病的な感染症も広く流行しています。また、コウモリに媒介されるニパウイルスなど、新たな感染症の流行も報告されており、インドに滞在するにあたっては十分な予防対策をとることが求められます。
 日本とアフリカの経済関係も密になってきており、日本政府主催のアフリカ開発会議や民間ベースの経済協力会議などが頻繁に開催されています。これに伴って、アフリカで事業展開する日本企業も増えていますが、そこはインド以上に感染症のリスクの高い地域です。さらに、最近は病原性の高い感染症の流行も各地で発生しています。
 たとえば、エボラ熱に近縁のマールブルグ熱の流行が、24年には東アフリカのルワンダで、25年にはエチオピアで立て続けに発生しました。ルワンダはIT産業などの分野で大きく経済成長しており、日本の企業も進出を始めています。エチオピアには日本からの直行便も就航しており、仕事だけでなく観光で訪れる人も増えています。こうした国の首都近くで致死性の感染症が発生しているわけで、決して遠い国の出来事ではありません。各国の流行は短期間で制圧されていますが、滞在者はこうした情報も入手しながら、万全な予防対策をとる必要があります。

訪日外国人は短期でもリスクあり

 インバウンドの人流では、大多数を占めるのが日本を観光などで訪問する外国人です。この集団は短期間の滞在のため、感染症を持ち込むリスクはあまり高くはないものの、持ち込まれた場合は大きな流行を生じる可能性があります。
 たとえば、25年の秋から日本でサブクレイドKと呼ばれるインフルエンザA型変異株の流行が始まり、それが北半球全体に拡大しました。この原因として、英国の科学雑誌Nature(25年10月14日号)は、日本での流行が南半球からの旅行者に起因するとの見解を示しています。オーストラリアなど南半球では、7月から8月が冬の最盛期で、インフルエンザの流行が発生していました。これが、日本を介して北半球全体に拡大したというわけです。
 さらに、東南アジアなどからの訪日外国人が、国内でデング熱などの蚊媒介感染症を発病する可能性もあります。日本にもデング熱を媒介するヤブカが生息しているため、それが患者を吸血すると、14年に東京で起きたような国内流行が生じるリスクもあります。観光で訪れている外国人は少々の発熱があっても、医療機関を受診せずに観光を続けてしまうことが多いため、そのような場合は早めに受診するようにとの注意喚起が必要です。

外国人労働者の対策

 外国人労働者は今後の日本の労働力として重要な立場にあり、この集団の健康維持のためだけでなく、日本社会との共生をめざすためにも、感染症対策は欠かせないものです。
 外国人労働者の感染症の事例としては、麻疹や水痘などのウイルス疾患や、腸チフスなどの経口感染症とともに、結核が注目されています。24年は国内で約1万人の結核患者が新規に報告されましたが、このうち20%は外国生まれの患者で、とくに20~29歳の患者の9割近くは外国人でした。国別ではフィリピン、ベトナム、インドネシア、ネパールからの患者が多くみられています。このため、日本政府は25年から、一部のアジア諸国からの就労希望者に対し、ビザ申請時に「結核非罹患証明書」の提出を求める措置を開始しました。
 このような外国人労働者が感染症を持ち込むリスク行動としては、一時里帰りが注目されています。欧米ではこうした行動をVisiting friends and relatives(VFR)と呼んでおり、里帰り前に予防教育を提供するとともに、里帰り後の再就労時に体調不良が生じた場合は、早めに医療機関を受診するように指導することが大切とされています。

 社会のグローバル化はさらに進むことが予想され、日本もその流れに乗ることが求められています。この変化にともなう感染症のリスクは低くないことから、それを減らしていく対応も必要なのです。