気候温暖化の影響
2)気候温暖化の影響~節足動物媒介感染症の増加
ここ数年、世界各地でデング熱、チクングニア熱、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)など、節足動物に媒介される感染症の流行拡大が報じられています。これには、前項で紹介したコロナ流行時に公衆衛生対策が停滞したことも影響していますが、地球規模で気候温暖化が進み、それにともなって節足動物の生息状況が変化していることが主因になっています。そこで、本項では気候温暖化が感染症流行に及ぼす影響について、節足動物媒介感染症を中心に紹介します。
気候温暖化と感染症
19世紀以降の産業革命後、人間の活動によって排出される温室効果ガスの増加により、世界規模で気温が上昇しています。この変化は20世紀に入ってから顕著で、過去100年間で世界の平均気温は0.74℃、日本では1.11℃上昇したとされています。さらに、気温上昇にともなって、地域によっては大雨が発生しやすく、降水量の増加も起きています。
こうした地球規模の温暖化は感染症の流行にも影響を及ぼしています。たとえば、大雨にともなって洪水が起きれば、コレラや細菌性赤痢などの消化器感染症や、汚水に触れて感染するレプトスピラ症の患者が増えてきます。また、気温上昇により蚊やマダニなどの節足動物の生息状況に変化が生じることで、それに媒介されるデング熱、チクングニア熱、SFTSなどの増加が最近は顕著になっています。
デング熱患者は3倍に
デング熱はヤブカに媒介されるウイルス疾患で、発熱や発疹が見られます。患者の約5%がショックや出血を起こし重症化しますが、死亡するケースは少ないとされています。
この患者数が、ここ数年、世界的に増加しており、WHOによれば24年は年間1400万人の患者が発生しました。その大多数は中南米での発生で、それ以外は東南アジアや南アジアとなっています(図2)。19年の患者数は520万人とされており、ここ5年で3倍に増加したわけです。
こうしたデング熱患者が増加している要因には、新型コロナ流行時に蚊の駆除が停滞したこともありますが、最近の気候変動による高温や大雨の影響で、蚊の個体数が増え、活動期間が延びたことが大きいようです。
デング熱を媒介するヤブカは、気温が10℃を越えると活動を始め、25~30℃で動きが活発になるとされています。また、気温の上昇により、卵が成虫に発育するまでの期間が短縮され、その結果として蚊の個体数も増加します。さらに、温暖化に伴う大雨により水たまりができやすくなり、これも蚊の産卵を促すことで、数が増える一因になっています。

日本での流行再燃も
デング熱は日本に土着していませんが、2010年頃から毎年200~400人の輸入患者が報告されており、感染国は東南アジアが大多数を占めています。
このような輸入例を起点として、14年夏には東京都の代々木公園などで、100人を超えるデング熱の国内感染例が発生しました。日本でも本州以南には、ヤブカの一種のヒトスジシマカが生息しており、今後も輸入患者からデング熱の国内感染が起こる可能性はあります。さらには気候温暖化で国内に生息する蚊の数が増え、活動期間が延びれば、そのリスクはより高まっていくでしょう。
チクングニア熱の世界拡大
チクングニア熱もヤブカに媒介されるウイルス疾患で、発熱とともに関節痛を起こします。もともとはアフリカ東部の風土病で、2000年代以降、アジア、南太平洋、中南米などに拡大していきました。病名のチクングニアとは、アフリカ東部の言語で「体を曲げてかがむ人」という意味です。この病気にかかると、その言葉のように強い関節痛のため体を曲げないと歩けなくなります。有効な治療薬はありませんが、ほとんどの患者は対症的な治療で回復します。
チクングニア熱も25年に世界的な大流行が起こり、この年は全世界で50万人の患者が発生しました。地域別では中南米が30万人と最も多く、これにインド洋沿岸諸国が続いています(図3)。中南米では19年が18万人で、大きく増加しているのが分かります。Chikungunya: analysis by country - PAHO/WHO | Pan American Health Organization この感染症の拡大にも、温暖化による蚊の生息数の増加が影響しているものと考えられています。
さらに、チクングニア熱は温帯でも流行が発生しており、25年は中国の広東省で2万人、ヨーロッパでもフランスで約700人、イタリアで約300人の国内感染例が報告されました。日本では25年の輸入患者数が21人と、24年の2倍に増加しており、国内での蚊の生息数増加と相まって、デング熱同様に国内流行が起きるリスクがあります。

日本ではSFTSが増えている
日本国内では、マダニに媒介される重症熱性血小板減少症候群(SFTS)が増加傾向にあります。この感染症もウイルス疾患で、東アジアを中心に患者が発生しています。日本では13年から毎年60~100人の患者が報告されていましたが、21年以降は年間100人以上になり、25年は191人にのぼっています(図4)。
SFTSはマダニに吸血されて1~2週間後に、発熱や下痢などの消化器症状で発症します。重症になると血小板減少による出血症状や、意識障害などの神経症状を起こし、致死率は30%近くに達するとされています。
日本での患者発生は西日本に多く、患者の年齢は60歳以上が9割以上で、重症化も高齢者に多いとされています。感染経路は、農作業やレジャーで野山に入った時に、マダニの吸血を受けたケースが大多数です。また、ペットのネコやイヌが感染することもあり、こうした動物に接触して感染したケースも見られます。

温暖化によるマダニ増加が一因
SFTSの患者が増えている原因としては、ヒトがマダニの生息する野山の奥地に入る機会が増えたことや、マダニの寄生した野生動物がヒトの居住地に侵入するケースが増えていることなどがあげられます。これに加えて、蚊と同様に近年の温暖化の影響で、マダニの生息数の増加や活動期間が長くなっていることが考えられます。
マダニは気温が20℃~30℃で動きが活発になるため、従来は春から秋が活動時期とされていましたが、この期間が最近は長くなっています。また、SFTSの患者発生が近年、東日本や北日本でも見られるようになっていることも、媒介するマダニの生息域が温暖化で北上しているためと考えられています。中国や韓国でもSFTSが発生していますが、最近は日本と同様に、患者が発生する地域が北上しているとのことです。
以上、述べてきたように、気候温暖化は蚊やマダニなど節足動物に媒介される感染症の流行にも影響を及ぼしています。根本的には温暖化を抑制する対応が必要ですが、流行地域では、蚊やマダニに刺されない対策をとることが大切と考えます。
