エボラ熱は草原で大流行する

6)エボラ熱は草原で大流行する

 2014年に西アフリカで初めてのエボラ熱の流行が発生しました。この時は、それまでの中部アフリカでの流行と異なり、急速なスピードで拡大し、多くの患者と死亡者を生じました。いずれも熱帯での流行ですが、中部アフリカではジャングルだったのに比べ、西アフリカは草原での拡大だったのです。本項ではエボラ熱が流行地の植生によって拡大速度が異なることを解説します。

西アフリカ初のエボラ流行

 2014年から15年にかけて、西アフリカで初のエボラ熱の流行が起こりました。
 ギニア、リベリア、シェラレオネの3か国を中心に患者数は約2万8000人にのぼり、このうち1万1000人以上が死亡するという、エボラ熱としては最大の流行になりました。14年8月には世界保健機関(WHO)が「公衆衛生上の緊急事態」であることを宣言しています。同年9月末にはリベリアから米国に帰国した男性が、エボラ熱に感染していることが判明し、米国での第1例になりました。その後、WHOや各国衛生当局による懸命の制圧作戦が功を奏し、15年の年末までには終息に向かっています。

本来は熱帯雨林の感染症

 エボラ熱はウイルスによっておこる病気で、中部アフリカのコンゴ民主共和国とスーダンで1976年に流行が初めて確認されました(図8)。それ以来、中部アフリカのジャングルの中で流行が散発していましたが、今回のように大流行をおこしたことはありませんでした。1995年に公開されたハリウッド映画「アウトブレイク」にもエボラ熱を題材とする感染症が登場しますが、公開当時、この感染症が先進国にまで到達するとは、感染症の専門家でも予想していませんでした。ところが、今回の西アフリカでの流行では、それが現実のものになってしまったのです。
 この原因は本来の流行地である中部アフリカのジャングルではなく、西アフリカの草原で拡大したためと考えられます。

Outbreak History | Ebola | CDC

熱帯の2つの植生

 赤道周辺のアフリカ諸国は熱帯気候ですが、熱帯と一口に言っても、熱帯雨林気候、熱帯モンスーン気候、サバンナ気候に分類されます。
 熱帯雨林気候は年を通して雨が多く、中部アフリカがこの気候です。一方、熱帯モンスーン気候やサバンナ気候は、雨季と乾季が繰り返されるもので、西アフリカがこの気候になります。植生で見ると、前者はジャングルで、人の移動が制限されます。そこに住む人々は分断されて生活しており、エボラ熱が発生しても、患者は容易に移動できないため、流行はあまり拡大しないのです。一方、後者は草原で、比較的容易に移動できます。こうした状況から、エボラ熱が中部アフリカで発生している間は大きな拡大は無かったのですが、西アフリカでは都市部にも及ぶ大流行になりました。
 エボラ熱はもともとオオコウモリが保有する病原体で、このウイルスを保有する個体に接触することでヒトが感染します。オオコウモリは中部アフリカや西アフリカにも数多く生息しており、これにヒトが接触する機会が増えて、エボラ熱の流行が発生したようです。

流行の発端

 西アフリカでおきたエボラ熱流行では、最初の患者が13年12月に発生していたとされます。その場所はギニアのゲゲドウという町で、ここで2歳の男の子が発熱や下痢をおこして死亡しました。この子どもは発病前にオオコウモリに接したそうです。その直後に子どもの家族3人も同様の症状で亡くなりました。その後、エボラ熱はギニア国内で静かに流行を拡大していましたが、14年5月に大きな転機が訪れます。この流行が隣国のリベリアとシェラレオネに波及し、患者数が急激に増えていったのです。
 最初に患者が発生したと推定されるゲゲドウは、リベリアとシェラレオネの国境近くに位置しています。この町は商業の中心地であるため、近隣国から多くの人々が集中し、感染症が発生しやすく、また、その拡大がおこりやすい場所でした。
 もともとギニア、リベリア、シェラレオネの3か国は経済的な結びつきの強い国でした。1973年にはマノ川同盟という経済協力関係も締結されています。そんな人の行き来を可能にしたのが3か国の位置する、草原という地理的環境でした。

病気の正体が明らかになってきた

 西アフリカで多くのエボラ熱の患者が発生したことで、この病気の実態が明らかになってきました。患者は発熱とともに発病しますが、3日から7日すると大量の下痢や嘔吐といった消化器症状をおこします。この下痢は一日に5リッター以上にも及び、体液が急速に失われるため、患者はショック状態に陥ります。こうした症状はコレラに似ており、エボラ熱とはまさに重症の消化器症状をおこす病気でした。
 このショック状態の時期に患者の多くは死亡し、それをうまく乗り切れば回復していくのです。また、この時期に出血症状がみられることもありますが、それは患者の20%ほどでした。このため、以前はエボラ出血熱と呼ばれていましたが、今ではエボラ熱とかエボラウイルス病という呼称が使われています。
 こうした病気の実態が明らかになったことで、治療法もわかってきました。下痢が始まったら大量の輸液をして、ショック状態に陥るのを防ぐことで救命できるのです。
 また、この病気の感染経路も解明されてきました。エボラウイルスはオオコウモリからヒトに感染した後に、ヒトからヒトに伝播します。このウイルスは患者の体液や血液に潜んでおり、これに接触することで感染するのです。では、どの時期に感染しやすいかというと、発病した初期ではなく下痢の始まる時期から感染性が強くなります。ですから、患者の下痢や吐物に接触しないような対策をとれば、感染の連鎖は止められます。このような対策がとられるようになってから、西アフリカでの流行はようやく鎮静化に向かいました。

 エボラ熱がジャングルの奥地で流行していた間は患者数も少なかったため、謎の感染症とも呼ばれていました。しかし、それが草原で拡大することで多くの患者が生じ、その結果として、病気の実態が明らかになったのです。