小児ワクチン接種の副産物
6)小児ワクチン接種の副産物~成人に新たな流行が起きる
現代社会では多くの感染症がワクチン接種で予防できるようになりました。この効果により対象となる感染症の患者数は大幅に減少していますが、それに関連した病原体による感染症が逆に増加しているケースもみられます。本項では、ワクチンの普及により増加傾向にある感染症を紹介します。
子どもの定期接種は成人にも影響する
小児への定期接種は、多くの小児感染症の患者数を減らし、子どもの死亡率の低下に大きな貢献をしてきました。日本ではワクチンの副反応などへの懸念から、定期接種の対象となるワクチンの種類が国際標準よりも少ない状況が続きましたが、最近はようやく国際標準に近づきつつあります。
このように、子どもへの定期接種により、その対象となる小児感染症の患者数は大幅に減少していますが、成人に新たな流行が起きるケースもみられています。この現象は麻疹でとくに顕著になっています。
日本での麻疹の根絶
麻疹は空気感染するウイルス疾患で、その感染力はインフルエンザの10倍近いとされています。潜伏期間は約10日で、患者は最初にカゼの症状を起こし、それから数日後、全身に発疹が出現します。多くの患者は1週間程で回復しますが、子どもは肺炎や脳炎を併発することもあり、千人に一人が亡くなる病気です。
麻疹の予防にはワクチン接種が最も有効で、多くの国が定期接種として導入し、麻疹の根絶が行われてきました。日本でも麻疹ワクチンは1978年から定期接種になり、子どもの患者は大幅に減りましたが、2000年代になっても成人の間で流行が続いていました。そこで、厚生労働省は08年から麻疹根絶対策を開始し、ワクチンの接種回数をそれまでの1回から2回に増やしたのです。この結果、成人の麻疹患者も激減し、15年に世界保健機関(WHO)は、日本を麻疹排除国に認定しました。
麻疹が子どもの間で流行している時代は、成人もウイルスに暴露される機会があり、その時に免疫が増強されるため、ワクチン接種は1回だけで十分でした。しかし、麻疹が根絶に近づいてくると、1回接種だけでは免疫が低下するため、2回目の接種により免疫を増強しておくことが必要なのです。
最近の麻疹は20~40歳代が多い
その後も、日本では海外からの輸入事例を起点とする麻疹の流行が散発しており、患者の年齢は20歳代後半から50歳代が多くなっています(図9)。
60歳代以降の人は麻疹の流行期を経験しており、ウイルスの暴露により現在でも一定の免疫を維持しています。また、20歳代前半より若い人はワクチンの2回接種を受けており、この年代も一定の免疫があります。しかし、この間の20歳代後半から50歳代の世代は、ウイルスへの過去の暴露も、ワクチンの2回接種もなく、麻疹への免疫が低下しているために感染しやすくなるのです。このため、最近はこの世代へのワクチンの追加接種が推奨されています。

帯状疱疹の増加も
もう一つ、小児のワクチン接種の副産物と言えるのが帯状疱疹の増加です。
帯状疱疹は皮膚に有痛性の発疹を起こす病気で、小児期にかかった水痘ウイルスが原因になっています。このウイルスが水痘治癒後、脊髄の神経などに持続感染し、感染者の免疫が低下してくると、再び活発になり発疹を生じることがあります。水痘の場合は全身の皮膚に発疹が及びますが、帯状疱疹では神経に沿って帯状に現われるのが特徴です。この発疹は水疱状で強い痛みを伴うだけでなく、消失後も神経痛が残ることがあります。
帯状疱疹は高齢者におきやすいとされており、最近になり患者数が増えています。この原因の一つに、水痘ワクチンの定期接種が開始され、小児の水痘患者が激減したことがあるようです。
小児の水痘ワクチン接種の影響
水痘ウイルスも空気感染や飛沫感染で広がる感染力の強い病原体です。国内の成人のほとんどは小児期に水痘にかかり、体内に帯状疱疹の原因となる水痘ウイルスを持っています。しかし、2014年から小児への水痘ワクチンの定期接種が始まり、これ以降は小児の水痘患者が大幅に減りました。水痘患者の中には重症化する人もいるため、小児にとっては大変に有益なワクチンです。
一方で、水痘患者の激減は、体内に水痘ウイルスを持つ成人に影響を及ぼしました。小児の水痘患者が多発している間は、成人にも再感染が時々起こり、免疫を増強していたのですが、そうした機会が無くなったことで、成人のウイルスへの免疫低下が顕著になってきました。その結果、帯状疱疹をより発病しやすくなったのです。
日本では25年4月から高齢者を対象に、帯状疱疹ワクチンの定期接種が始まりました。接種対象者なら一部を負担することで受けることができますので、免疫増強のためにお勧めしたいと思います。
ワクチンの定期接種は小児の感染症の減少に多大なる貢献をしています。その一方で、成人の感染症の拡大にも影響を及ぼしており、同時にその予防対策にも心がけていくことが大切なのです。
