アフリカの悪性マラリア

4)アフリカの悪性マラリア

 マラリアは蚊に媒介される感染症で、世界の熱帯や亜熱帯などで流行しています。この病気にはいくつかの種類があり、この中でもアフリカなどで拡大している熱帯熱マラリアは致死率が高く、悪性マラリアとも呼ばれています。最近の傾向としてマラリア全体の患者数は減っていますが、熱帯熱マラリアは相変わらず多くの患者数があり、死亡者数も多いのが現状です。本項ではアフリカを中心にしたマラリアの流行状況を解説します。

世界で年間2億人が感染

 WHOの報告によれば、2024年の世界のマラリア患者数は2億8000万人に上っており、このうち60万人以上が死亡しました。流行地域は熱帯、亜熱帯に広がっていますが、最近では患者の95%が赤道周辺のアフリカ諸国で発生しており、死亡者の大多数もこの地域の子どもです(図5)。
 マラリアはハマダラカによって媒介されます。この蚊は熱帯、亜熱帯だけでなく温帯地方にも生息しており、気温が22℃以下になると活動が弱まり、16℃以下では生息出来なくなります。このため、温帯では流行が夏に限定されますが、熱帯や亜熱帯では年を通して流行しており、とくに雨の多い時期に拡大します。

Malaria

熱帯熱マラリアは悪性

 ヒトに感染するマラリア原虫は、熱帯熱、三日熱、四日熱、卵形、サルの5種類が知られており、この中でも患者数の多いのが熱帯熱と三日熱での2つす。
 ヒトの体内でマラリア原虫は赤血球に寄生して増殖し、発熱、貧血、黄疸などの症状をおこします(図6)。熱帯熱原虫は多くの赤血球に寄生するため、発熱が持続的に続くとともに、脳や腎臓の合併症をおこして死亡するケースが多くなります。一方、それ以外のマラリア原虫は、寄生する赤血球数が少ないため、発熱は周期的で、合併症などで死亡するケースも少ないのです。
 このように熱帯熱原虫によるマラリア(熱帯熱マラリア)は、重症になる頻度が高く、悪性マラリアと呼ばれています。そして、この熱帯熱がアフリカに多いために、現在でもこの病気の死亡者はアフリカで特に多くなっています。
 アフリカで熱帯熱マラリアが多い理由はいくつかありますが、熱帯熱原虫を媒介しやすい種類のハマダラカ(Anopheles gambiae)が生息していることや、熱帯熱にかかっても重症化しない遺伝素因の人が多いことが大きいようです。

「悪い空気」という病名

 マラリアは熱病の一つとして、古くから流行していました。ヨーロッパでも三日熱マラリアと考えられる流行が各地で起こり、古代ギリシアの医学者ヒポクラテスもこの熱病に関する詳細な記録を残しています。彼はこの病気の原因が沼地の悪い空気であると考えていました。
 マラリアが蚊に媒介されることが明らかになるのは19世紀末のことで、それまではヒポクラテスのように、沼地から沸き上がる悪い空気が原因と考えられていました。イタリアではローマ帝国の時代からこの病気の患者が多数いましたが、イタリア語で悪いはmal、空気はariaで、これがマラリア(malaria)の語源になったのです。
 沼地の周辺では蚊が発生しやすいためマラリア患者も多くなります。そこで、この病気の原因を沼地から発生する悪い空気と考えたわけです。いずれにしても、古くからヨーロッパの人々は沼地に近づくことを怖れました。

暗黒大陸での流行

 それにも増してヨーロッパの人々が怖れたのはアフリカ大陸でした。
 この大陸の赤道周辺では、悪性の熱帯熱マラリアが濃厚に流行していたため、そこにヨーロッパ人が立ち入ることは死を意味しました。このため、15世紀以降にヨーロッパ諸国が植民地を拡大するようになっても、アフリカは暗黒大陸と呼ばれ、海岸の一部地域を除き、植民地が広がりませんでした。
 ところが、16世紀に南米でキナというマラリアに効く生薬が発見されると、状況が一変します。この薬は当初、ヨーロッパで三日熱の治療に用いられていましたが、熱帯熱にも効果があることが判明します。さらに、19世紀にキナから抽出された有効成分のキニーネが流通するようになると、ヨーロッパ人はこの薬を予防的に服用しながら、アフリカの奥地まで植民地を広げていったのです。

薬剤耐性マラリアの出現

 20世紀になると、マラリアの治療薬としてクロロキンなどの合成薬が使用されるようになります。こうした合成薬は、全てのマラリアの治療に効果を発揮したのですが、1960年代頃からクロロキンに耐性の熱帯熱マラリアが拡大していきます。その後、新たな薬剤が開発されても、熱帯熱マラリアは次々に耐性となるため、アフリカでの患者数はなかなか減りませんでした。
 やがて2000年代になり、新たな薬剤としてアルテミシニンが使用されるようになりました。この薬はヨモギ属の植物の生薬で、中国では紀元前2世紀頃から使用されていたそうです。アルテミシニンは耐性株が発生しにくいため、他の薬との併用などで、熱帯熱マラリアは以前よりも治療しやすくなっています。

三日熱は消え、熱帯熱が残る

 このように、現代でも熱帯熱マラリアの治療には手こずっていますが、それ以外の三日熱などについては薬剤耐性も出現していないため、患者数は次第に少なくなっています。蚊を撲滅する対策も進み、温帯地域では根絶されつつあると言って良いでしょう。
 こうした状況の中で、今後は、アフリカでの熱帯熱マラリアをいかに撲滅していくかが大きな課題になっています。最近はマラリアワクチンも実用化されており、効果はまだ十分ではありませんが、今後の対策の切り札として期待されています。

 日本からの渡航者についてもアフリカ以外ではマラリアのリスクは大変低くなりましたが、アフリカでは滞在中に感染し、命を落とす人が最近でも発生しています。リスクのある地域では蚊に刺されない対策とともに、予防薬の服用を行うことをお勧めしています。